群馬オペラアカデミー「農楽塾」について

世界的に活躍してきたソプラノ歌手・中嶋彰子さんが立ち上げ、郷里の群馬県板倉町を中心に館林市や明和町で活動を続けてきた群馬オペラアカデミー「農楽塾」。その革新的な取り組みに注目し、この数年間取材を続けてきました。

そして、中嶋さんのねらいと実際の活動を知るにつれ、ついに日本にも「農楽塾」のような“音楽体験”を提供してくれる音楽家が誕生したのか、という驚きと喜び、そして心強い思いを新たにしています。

総合芸術とも言われるオペラは、音楽家だけではなく美術セットや衣装、照明、踊りといった様々な文化芸術的要素と、それに伴う大きな労働時間・コストが必要です。

これらは、オペラに取り組もうとする音楽祭や講習会等にとっては、通常は負の側面となりやすいのですが、中嶋さんはむしろその困難を逆手に利用して、より魅力的なステージを作り上げていることに、まず驚かされます。

通常は大きな費用と手間がかかる美術セットは、日曜大工や絵を描く趣味のある地元の人々が自ら手を上げ、製作しています。地元の小学校の子供たちが作った作品や絵がステージを彩ることもあります。

毎回、様々な工夫の詰まったアットホームなセットが、心温まる思いを届けてくれます。

衣装は、裁縫が趣味の地元の主婦たちが作っています。プリンセス、王子様、貴族、狩人…普段作ることのないキラキラした衣装を作ることは、大きな楽しみとなっているようです。

踊り手は、地元のダンスサークルや有志の紳士淑女がウィンナ・ワルツを踊ることがあれば、高校のダンス部が出演したり、ブレイクダンサーが登場したこともありました。

アカデミー受講生や音楽スタッフは合宿中、地元の農家に寝泊まりします。
食事も地元の農家の方々が持ち寄る様々な食材を自ら調理して、そのありがたみに感謝しながらいただくのです

こうしたことは、地方都市であれば、一見どこでもできることのように思われるでしょう。確かに、できる可能性はありますが、それを現実のステージにまとめ上げることができる人物はそうはいません。

というのは、様々なスキルを持っている地元の方々や、地域にある団体や学校などが生き生きと活躍できる、この町だけのオペラの台本・プログラムを作り上げるには、大変なオペラの知識と実際に歌った経験、ステージの知識・経験、そして何より演出力とセンスがなくては不可能だからです。

長年、オペラの本場ウィーンのフォルクスオーパーでプリマドンナとして活躍し、ヨーロッパで歌い続けてきた中嶋さんは、その点において、驚異的な力を備えています。

様々なオペラから色々な歌を抜粋して、ストーリーを練り上げ、一つの魅力的なオペラに仕立てる、という点においては日本で右に出る者はいないかもしれません。舞台経験も豊富で、様々なステージ演出をご存知です。

美術セットのアイデアを考えたり、芝居・踊りの演出をすることもお手の物です。しかも、それでいて観客にとってエンターテイメントになっており、歌われるオペラの曲は、アカデミーの受講生一人一人に合わせた課題曲ともなっているのです。

地元の名産品まで素晴らしい形で物語に登場した時には、その演出力に本当に舌を巻きました。
一石三鳥にも四鳥にもできるのです。

こういう日本人の音楽家は、もう10数年クラシックの現場を取材していますが、出会ったことがありません。中嶋彰子さんは本当に貴重な、宝のような音楽家なのです。

もう一点重要なことがあります。群馬オペラアカデミーの名の通り、この「農楽塾」は音楽家の育成を主目的としたプログラムです。

そこで行われる音楽教育は、単なる歌のレッスンではありません。
音楽家になるというのは、どういうことなのか。
人の心を動かす音楽家になるためには、何が必要なのか。
人間力を鍛える厳しい教育が行われているのです。

自分はどんな人間なのか、徹底的に対峙させ、自分を客観的に見つめる力を養う。

実は音楽家にとって非常に大切なことなのですが、このことをここまで徹底的に突き詰めるレッスンは日本では非常に稀なことです。

今から150年前、明治日本は欧米に習えと、政治・経済・科学・文化・芸術とあらゆるものを西洋から学びました。

音楽も同様でした。現在、日本の音楽の99%が西洋の楽譜で書かれる音楽となっています。
しかし、「なぜ音楽が必要なのか」、「音楽家とはどんな仕事なのか」、「音楽家の社会で果たすべき役割は何であるのか」といった根源的・精神的な問いと対峙することは、大切にされているとはいいがたい状況です。

これは、欧米では当たり前のことなのですが、日本では残念ながらそうなっていないのが現実なのです。
日本の音楽の現場は、まずは技術を磨き上げる、という方向に邁進してきたのです。
ですから技術力は高いのに、精神が伴っていないことが多いのです。

音楽は、聴き手の心を動かすものですから、奏でる人間がどのような人間であるのか、音楽家自身の精神・姿勢や人間力が、本来は大きく問われるものです。

もちろん日本人の一流音楽家の中には、そうした精神・人間力が充実している音楽家がたくさんいます。

しかし、音楽を教える教育の現場は、そうはなっていないのです。

何百年も前に作曲されたクラシック音楽を、なぜ今奏でるのか。
一流の音楽家ほど、自分の生きている時代と対峙しながら音楽を奏でています。

ベートーヴェンの第九は「人はみな兄弟」と歌いますが、作曲された19世紀前半と、悲惨な戦争やテロ・災害が相次ぐ現代とでは、同じ言葉でも印象や意味が変わってきます。なぜ今奏でるのか。

このことと向き合うことは、今を生きる音楽家にとって、聴き手が今を生きる人々である以上、とても大切なことなのです。

中嶋さんが行っている「農楽塾」のような音楽教育の場は、極めて貴重であると同時に、これからもっと増えていって欲しいものです。

そうすれば、素晴らしい音楽を届けてくれ、人生をより豊かなものにしてくれる音楽家が、今よりももっと増えていくからです。それは、日本の未来を明るくします。
今、種をまき始めても実るのは10年後か20年後のこと。それを東京でも大阪でもなく、群馬県で行っていることが凄いことなのです。
この取り組みが、大きな評価を得て、さらなる発展を遂げることを切に願います。

国営放送局音楽番組
担当ディレクター